No.32「大きくなったら」


「はい、あーん」
「ｱｰｰｰﾝ…ｼ…」
幼いチビたぬきが、スプーンの中のいちごヨーグルトをちゅるちゅると口の中に吸い込んでいきます。
「おおお！えらいえらい！こぼさず食べれたねぇ！“はっちゃん”えらいねぇ！」
「ｷｭｷｭｰ♪」
“はっちゃん”と呼ばれたチビたぬきは、えへん、と胸を張ります。
フォークやスプーンを使っているのは飼い主さんで、このチビたぬきは口を開けてもぐもぐと咀嚼しているだけです。
「ｷｭ！」
次はあれが食べたいとチョコの山を指して。
「ﾓﾆｭﾓﾆｭ…ｸｩｩﾝ♪」
チョコを口に入れてもらい味わった後、ほっぺを両手でモチモチと撫で回したら。
「ｷｭｯｷｭｳ!」
次はこっち！と柔らかい缶たぬフードの山を示した後は、両手を振って口を開けるだけです。
飼い主さんに口の中まで運んでもらった後は上下に一本だけ生えた歯でもごもごして、ｹﾞﾌｰと満足げに唸りました。

ペットショップで買ってきた、生まれて間もないチビたぬきに、“はっちゃん”と名付けた飼い主さんは、チビたぬきが大好きでしたので、それはそれはかわいがりました。
その胸には、金ピカの勲章がキラキラと輝いていました。
飼われている事を示す、飼い子たぬき勲章でした。
“はっちゃん”はこれが大好きで、事あるごとに撫でて触りました。
何度も何度も、胸にあるのを確かめるように。
手についたお菓子の残りや手垢で汚れてしまいますが、飼い主さんが時々拭いてくれると、再び光沢を取り戻します。

幸い、飼い主さんのお仕事はリモート可能でしたので、仕事中の時間は飼い主さんが別の部屋に移動し、人と会話をする際だけ“はっちゃん”に、たぬき用の睡眠スプレーを使って寝てもらいました。
“はっちゃん”はかわいがられているが故にションボリが少なく、持続時間も短いですが
ションボリの強いスラムの野良たぬきに嗅がせると自力では目を覚ませない昏睡状態に陥る程の作用を持っています。


「ｷｭｰｷｭ…ｷｭｯ♪ｷｭ♪」
“はっちゃん”自身はうどんダンスを踊っているつもりでしたが、
歌は上手く歌えず、手足をパタパタ、お尻をふりふりしているだけでダンスと呼ぶのもおこがましい動きでした。
それでも、踊り終えてﾌｰと息をつけば飼い主さんがすかさず拍手を浴びせてくれます。
「今日もかわいいねぇ！非の打ち所がないねぇ！」
飼い主さんは満足げに頷き、“はっちゃん”の頭をナデナデしました。
やりきったつもりの“はっちゃん”も、さも当然のように頭を撫でられ、
「ｷｭｯｷｭｳー♪」
甘えた声で、もっと！もっと！とせがみます。
「ああ…かわいい。存在してくれているだけで嬉しいよぉ」
やる事なす事、全肯定の日々は“はっちゃん”にとってカケラもションボリする要素のない幸せな日々でした。
褒められていい気なっているので、進んでトイレを覚えて、また出来たこと自慢げに飼い主さんに見せたりもしていました。
室内用のたぬきトイレで、こぼさずにちゃんと収めることが出来ているのを“どうだし！”と言いたげに指し示します。
「ｷｭｯｷｭ！」
「おおお！“はっちゃん”すごいね！もうトイレ覚えられたね！」
「ｷｭｳ〜♪」
トイレする所を見られるのは少し恥ずかしい気もしましたが、褒められる嬉しさの方が勝っています。
頬を赤らめながら、照れ隠しをするように“はっちゃん”は俯いて、もじもじしながらおしりをフリフリします。
ちっちゃなしっぽも、一緒にフリフリと揺れました。


お手伝いも進んで行おうとしましたが、
「あっ、“はっちゃん”あぶないからいいよ！こっちのおもちゃで遊んでてね」
飼い主さんは遊びきれないほどのおもちゃを用意して、“はっちゃん”をあらゆる危険から遠ざけました。
「ｷﾞｭｷﾞｭ〜…ｷﾞｭ…」
お手伝いしたかったのに…とむくれながらも、車のおもちゃをブーブーと呟き前後に動かします。
少ししたら飽きてしまい、ラッパのおもちゃでプープペパーと調子の外れた音を出します。
これもすぐに飽きてポイッと放り出します。
おもちゃ箱の中には、まだまだ遊んでいないおもちゃが詰め込まれていて、しばらくは楽しめそうでした。
どのおもちゃにも何故かたぬきの匂いがついているので、ついつい抱きついて匂いを嗅いだり、頬を寄せたくなってしまいます。
この家には他のたぬきはいないのに、どうしてだろし？と“はっちゃん”は思っていました。
特に、クマのぬいぐるみのベアルフくんは、いろんなたぬきの匂いがします。
何だか仲間に囲まれている気がして、妙に安心するので手放すことが出来ませんでした。
この生活は強いて言うなら、一緒にモチモチし合ったりおもちゃで遊ぶ仲間がいないのが不満でしたが、飼い主さんの愛情を独り占めしたい“はっちゃん”は特に気にせず飼い主の寵愛を受け続けました。


“はっちゃん”は、いつも可愛がってくれる飼い主さんと早くおはなしがしたくて、頑張って言葉を覚えました。
健やかにスクスクと育ち、色んな言葉を覚え、日常会話が出来るようになるまで大して時間はかかりませんでした。
「やだ…うちの子天才すぎ…！？」

ちなみに、“はっちゃん”が最初に発した言葉は。
「ｷｭ…ﾀﾞ、だっ、だい…」
「大福食べたいのかな？」
「だいしき…し！」
でした。
飼い主さんは狂喜乱舞し、“はっちゃん”を抱き上げて頬をすりすりし合いました。
「俺も大好きだよぉぉ！」
「ｷｭﾜｧｧｧｧ♪」
飼い主さんのあまりモチモチでない肌を擦り付けられても、常日頃から愛を感じていた“はっちゃん”は喜びの声をあげるのでした。


脱衣所にて服を脱いだ後、“はっちゃん”は裸でリビングを駆け回ります。
「ぬれるのやだし！ぬれるのやだしぃ！」
口ではそう言っていますが、連れてこられた頃と違って、本当に嫌がっているわけではありません。
毎日、お風呂に入れてもらう時に行なうやり取りがあったからです。
リビングをぐるぐる走り回っていると、飼い主さんの履いたスリッパの擦れる音が聞こえてきました。
「でも汚いのは〜？」
膝をついて両手を広げた飼い主さんが壁になり、ニヤニヤしながら、“はっちゃん”にフリを行います。
きたし。きたし。オヤクソクだし！
「もっとやだしぃぃーーーーーっ！」
甲高い叫びと共に、飼い主さんに向かって床を蹴り、その胸に飛び込みました。
飼い主さんは受け身を取りながら仰向けにごろんと寝転がり、両手で高い高いをするように持ち上げた“はっちゃん”のあちこちをモチモチ、モミモミしました。
「きゃははははっ！“はっちゃん”かわいすぎー！」
「きゅううーし♪」
飼い主さんの手で宙に浮いたまま、手足をジタバタさせながら“はっちゃん”は甘えた声で鳴きました。

“はっちゃん”は濡れた髪としっぽをドライヤーで乾かしてもらいながら、タオルをマントのように纏って、鼻息を鳴らしました。
「んふー、し…」
お風呂だいすきだし。
しっぽはぬれちゃうけど、あとでやさしく乾かしてもらえて、なでなでモチモチしてもらえるし。
お風呂のあとは、ジュースやアイスがもらえるし。　　


飼い主さんは、たぬき専用のブランケットも用意してくれました。
ペットショップ時代からの持ち物で、これだけは洗濯をせずに置いていてくれていました。
定期的に無香料の除菌スプレーをして、ある程度の清潔さは保ってくれるようにしてあります。
普段は柵の中で敷いたタオルの上に寝転がり、ブランケットをかけてもらってベアルフくんと一緒に寝ていましたが、
それでも寂しい夜は、飼い主さんがベアルフくんも含めて一緒に寝てくれました。
今日は飼い主さんがお出かけで、まだ小さい“はっちゃん”はお留守番だったので、
寂しくて仕方がなかった“はっちゃん”は、
「ｷｭｳｳ…今日はぜんぜん一緒にいられなかったし…一緒に寝てほしいし…」
と眠たい目をこすりながらも、飼い主さんにお願いし快く了承してもらいました。
“はっちゃん”はすっかり安心して深い眠りに落ち、昼間の落ち込み具合とは無縁の様相です。
ｽﾋﾟｰﾌﾟｷｭｰと寝息をたてる“はっちゃん”の、サラサラの髪の毛を撫で、モチモチの頬を指先で撫で回して。
「こんな毎日が、ずっと続けばいいのにな…」
何かに祈りを込めるように、飼い主さんはもの寂しげに呟きました。



「飼い主さん！“はっちゃん”今日は広いところで走りたいし！」
「わかった。じゃあちょっと遠いけど、大きい公園の広場へ行こうね」
「かけっこするしぃ！」
「かけっこかぁ…もう俺より“はっちゃん”のほうが早いからなぁ…」
もちろん、そんな訳はありませんでした。
「しょうぶするし！本気で走ってし！」
「はははっ、わかったよ」
腕の中で両手を振り上げジタバタする“はっちゃん”にも、飼い主さんは嫌な顔ひとつ見せません。


大きくなるにつれて、飼い主は“はっちゃん”を一緒にたぬきOKのスーパーや近所の公園へとお散歩に連れて行ってくれるようになりました。
“はっちゃん”は飼い主さんに抱っこされながら色んなところに行くのが大好きでしたが、
何もない移動中は退屈なので、飼い主さんにちょっかいを出したりもしました。
飼い主さんの顎に、モチモチの手を伸ばしてすりすりしちゃいます。
「“はっちゃん”、それくすぐったいよぉ」
「こしょこしょし〜！ｷｭｷｭｳ〜♪」
嫌がる素振りも見せず、飼い主さんは逆に顎を近づけてきます。
いたずらっぽい笑みを浮かべて、しししと笑った“はっちゃん”は次の行動に移ります。
「ぐりぐりだしぃ〜！」
お次は飼い主さんの胸におでこを押し付けてぐりぐりと左右に擦り付けると、
「もー！“はっちゃん”かわいすぎだってぇ！」
「むふふだし！」
決まってぎゅっとしてくれるので“はっちゃん”からすればお気に入りのやり取りでした。
褒められて、可愛がられて。
幸せな日々は、まだまだ続くのでした。


ある日、いつもより遠くにある公園の中で、飼い主さんに抱いてもらいながら揺られていると。
「あ、あの…し…」
何か言いたげな野良たぬきが、公園の木の影から姿を現し、話しかけてきました。
“はっちゃん”より大きいので、成体のたぬきのようです。見た目はボロボロに薄汚れて、髪の毛はパサついていました。
野良たぬきの視線の先は、飼い主さんの腕の中の“はっちゃん”でした。
あっ仲間だし。おはなししたいし。モチモチしたいし。
と、“はっちゃん”は飼い主の服の袖をギュッと摘んで、意思を伝えようとしたところで。
「あ？何だお前…かわいくねぇんだよォ！」
突然、飼い主さんの態度が豹変しました。
次の言葉を発する前に容赦なくお腹を蹴り飛ばされて、野良たぬきは後方の木の幹に激突します。
「待ッグブウッ！…ダ…ヌ…」
“はっちゃん”は突然の暴力にビックリしてしまいました。
「ｷｭ…？！ｷﾞｭｯ…」
「大丈夫？“はっちゃん”？急に変なたぬき出てきて、怖かったねぇ」
思わず、飼い主さんの服の袖をさらに強く握り込んでしまいます。
そのあまりの力の入りように気がついて、飼い主さんは先ほどと比べようもない、やさしい声色で言いました。
「あ、俺の方が怖かった？安心して！かわいい“はっちゃん”には絶対あんな事しないから！」
しかし野良たぬきの飛ばされ方がおもしろかったのと、やさしい飼い主さんが暴力を振りかざす光景の刺激の方が上回ってしまいました。
飼い主さん怖かったけど、“はっちゃん”にはあんな事ぜったいにしないって言ってくれたし。
仲間がひどいことをされても、安全圏からの高みの見物は楽しいものだと、“はっちゃん”は本能的に感じてしまっていました。


そうだし。あいつはかわいくないから仕方ないんだし。
“はっちゃん”はかわいいから、大丈夫だし！
木の幹に衝突した後、地面に突っ伏して気絶するたぬきの髪の毛が流れ、背中に数字で“6”と書かれているのが見えました。
それを見た飼い主さんは、さらに表情を険しくしました。
“はっちゃん”はその憎悪に満ちた顔貌を見せぬようにして、ゆっくり地面に下ろすと。


「この…ブサイクたぬきがぁぁ！」
気絶しているたぬきを何度も踏みつけました。飼い主さんの足がめり込むたびに、野良たぬきは海老反りになり悲鳴をあげます。
「グベッ！ボベッ！や゛め゛ベッ！」
これまた野良たぬきの悲鳴が汚らしく、押すと鳴く人形みたいで“はっちゃん”は笑ってしまいます。
「かわいくないし！ししし！」


少し離れた所で地面にぺたんと両足を投げ出して座ったまま、両手をモチモチと叩いて、一緒に嘲笑うようになりました。
「…はっちゃん」
“はっちゃん”の様子に気づいた飼い主さんは我に返り、野良たぬきをつま先で転がして仰向けにすると、吐き捨てるように言いました。
「おい…この子に免じて許してやるが、今度出てきたらこれじゃ済まさないからな」


散々踏みつけられ、痙攣している野良たぬきは何とか命は助かったという状態で、ぽろぽろと涙をこぼしながらコクコクと無言で頷く事しかできませんでした。
あの野良は、自分に何の用があったのでしょう。
すっかり気にしていない“はっちゃん”はあの野良かわいそうだし…かわいそうなのがいいし！と高鳴る気持ちでその様子を見つめていました。


その後、おさんぽから帰った時。
飼い主さんは“はっちゃん”に視線を合わせるべくしゃがみ込み、真剣な面持ちで説明しました。
「野良たぬきは変な病気を持ってるかもしれないから、やっつけたんだ。“はっちゃん”はベアルフくんを叩いたり噛んだりしたら駄目だよ。いいね？」
やさしい声色でしたが、どこか釘を刺すような物言いです。
何かを恐れているようでした。
“はっちゃん”はニッコリ顔で、大きく頷きました。
「わかってるし…ベアルフくんは友達だし…飼い主さん元気ないし…？モチモチしちゃうし！」
幼心に何かを感じ取ったらしい“はっちゃん”が、飼い主さんにちっちゃなおててを差し出して、その頬や顎をモチモチと撫でてくれました。
飼い主さんはそのやさしさに心打たれ、“はっちゃん”をぎゅっと抱きしめました。
「ﾑｷｭ…あったかいし…♪ｷｭｳｰ♪」
飼い主さんの腕の中で、“はっちゃん”は顔をほころばせて鳴きます。
もはや先刻の野良たぬきの事などどうでも良くなり、そのあたたかさにまどろんでしまいました。



それから数週間は、何もない平穏な日々が続きました。
「あっ飼い主さん…そろそろだし！」
何かに気づいた“はっちゃん”は、トテトテテッと走っていきます。
向かった先は、キッチンの冷蔵庫の前でした。
チビたぬきに冷蔵庫の引き出しを開ける力はありませんので、最下段の冷凍庫の扉をトントンモチモチと叩きます。
「あけてし！あけてくださいし！」
「はいはい」
催促された飼い主さんが冷凍庫の扉を引き出すと、
容器に張られた氷の中に、アヒルさんのおもちゃが埋められたものが出てきます。
「はい、どうぞ」
飼い主さんはそれを“はっちゃん”に渡してくれました。
最近の“はっちゃん”のブームは、アヒルのおもちゃやボールを小さな容器に入れ、水で満たした後に凍らせた物に湯船のお湯をかけて、お風呂場で救出する遊びでした。
これにハマってからの“はっちゃん”は、お風呂の時間が近づくとそわそわし始める程でした。
容器を両手で抱えると自ら進んでお風呂へと向かいます。
「よいし、よっこいし…お風呂いくしー！」 
少しふらふらしながら、ヨチヨチと進む“はっちゃん”の姿を、飼い主さんは目を細めて見つめていました。
大きく…なってきたなぁ。
迎え入れてから、4ヶ月ほどが経とうとしていました。


身体に起きる変化は、喋れる事による意思疎通だけではありません。
小さい頃は手足をパタパタさせる事しかできませんでしたが、手足も伸びてきたのでうどんダンスもしっかり踊れるようになってきまきた。
しっぽも立派になり、ツヤを保つためにブラッシングが必要になってからは飼い主さんがやってくれました。
「ｷｭｳｷｭｳ…くすぐったいし…♪」
“はっちゃん”はうつ伏せにぺたんと床にひっついて、なされるがままです。


またある日の“はっちゃん”は、今までもらった勲章を床に並べてご満悦でした。

かわいすぎ勲章
モチモチやわらか勲章
美声勲章
ツヤツヤヘアー勲章
早起き勲章

全て飼い主さんが用意してくれて、
身につけている飼い子たぬき勲章以外は、普段はおでかけポーチの中に仕舞っていました。
こうして時々並べてみたり。また別の順番に並べ替えたり、時折手に取ってニヤニヤするのがたまりません。
次はどんな勲章もらえるか楽しみだし。
やっぱり記念すべき7つ目は、
「うどんダンス勲章が、ほしいし…」
思い立ったが吉日、“はっちゃん”は立派なうどんダンスを踊ってみせて、飼い主さんからうどんダンス勲章をもらう事に決めました。


「すーぷっ♪うっ♪うっ♪」
“はっちゃん”はうどんダンス勲章を狙って、ますます精力的に練習を重ねました。

飼い主さんがお出かけやリモートワークの間、柵に囲まれた中がたぬきである“はっちゃん”に許されたスペースでしたが、おもちゃ箱も入れてくれているので、ただ過ごすのには不自由はありませんでした。
しかし、大きくなってきた“はっちゃん”がうどんダンスをするには少し手狭になってきていたのも事実です。
もう少しで飼い主さんに、“はっちゃん”が思い描く完璧なうどんダンスを見せてあげられるところまで来ていたので、練習をする時間が増えた分、余計に狭く感じる事が多くなっていました。

立派なレディになりつつある“はっちゃん”は身体も心も変化してきています。

はやく大人になりたいし。
大人になったら、飼い主さんと“けっこん”するし！
ヒトとたぬきは一緒になれませんし、飼い主さんはあくまでペットとして“はっちゃん”を愛しています。
結婚の意味も今ひとつ理解していませんでしたが、
それでも自分にどこまでもやさしい飼い主さんが大好きな“はっちゃん”は、そんな気持ちが日々強くなります。
とにかく、はやく大人になりたくてたまりませんでした。
ご飯をたくさん食べ、うどんダンスで運動してよくお昼寝をして。
そんな日々が続いて、“はっちゃん”は飼い主さんにあるお願いをしようと決心しました。


「あの…飼い主さん…お願いがあるし…」
「どうした？」
「もう少しだけ、柵の中を広くしてほしいし…“はっちゃん”も大きくなってきたし…狭いし…」
うどんダンスを踊るため、とは言いませんでした。
あくまで秘密の練習の成果を見せて、びっくりさせてしまうのが目的だったからです。
「ふぅ…自分から言い出したか」
飼い主さんの声色がやけに低く、ぞわっとするような感覚が“はっちゃん”の背中を走りました。
「お前もそろそろだな」
お前なんて呼ばれ方、生まれて初めてです。
「なぁたぬき」
“はっちゃん”っていうステキな名前があるのに、どうして今更たぬきなんて余所余所しい呼び方をするのでしょうか。
“はっちゃん”は右手を口元に当てて、大きく身体を傾けて、疑問を表現しました。
その様子に、飼い主さんは気分を害した様子でチッ！と舌打ちをしました。
“はっちゃん”は驚いて、反射的に気をつけの姿勢になってしまいます。
「お前さ、もうすぐ捨てるから」
「えっ…し…？」
突然の宣告でした。
「その飼い子たぬき勲章が胸から落ちたら、捨てる」


大事な勲章を指し示され、“はっちゃん”は胸元を両手でぎゅっと抱きしめました。
たぬきは大人になると色々な事を知っていき、その身に纏うションボリが増えていきます。
“飼い子たぬき勲章”はションボリが許容量を超えると自動的にちぎれて落ちる仕組みになっていました。
その勲章が落ちた時、付け替えるタイミングを知らせてーーーつまり、大人になった証明となります。
本来ならば次の“飼いたぬき勲章”にグレードアップするためのものでしたが、この飼い主さんは捨てるタイミングを測るものとして使っていました。


「あ、あのっし…さっきのウソだし…もうワガママ言いませんし…！」
“自分のスペースを広くしろ”と言ったから、嫌われてしまったんだしと思った“はっちゃん”は、必死になって取り消しました。
「そうじゃねえんだよな…」
頭をぼりぼりと掻き、飼い主さんは呆れた声で続けます。
「俺はね、チビたぬきが好きなの。大きいたぬきには、何の興味もないわけ」
“はっちゃん”は愕然としました。飼い主さん何言ってるし？
知らないうちに目には涙が滲んで、身体はぶるぶると震えが止まりません。
「だからおまえ、もう少ししたら捨てるからな」
確定事項を読み上げるように、飼い主さんは言い放ちました。
そんな事を言われてしまったら、余計にションボリしてしまいます。
「野良生活はつらいからな。甘やかされまくったお前なんて生きていけないぞ」
首をふるふると左右に振りますが、人が変わったような飼い主さんの態度についていけず、これ以上の抗議は出来ませんでした。
「せいぜい、今のうちに楽しんでくれよな」
飼い主さんは怯える様子の“はっちゃん”に目もくれず、自室へと行ってしまいます。
柵の中からその様子を見送るしかできなかった“はっちゃん”は途方に暮れました。
もうすでに、うどんダンスどころではなくなってしまいました。


もし捨てられたら。
たくさんのおもちゃで、遊べなくなっちゃうし？
食べきれないぐらいのお菓子もごはんも、誰が用意するし？
あったかいお風呂は、誰が入れてくれるし？
誰が、“はっちゃん”をモチモチしてくれるし？
かわいくなくなって、あの野良たぬきみたいにボコボコにされるし？

不穏な想像が、“はっちゃん”の脳裏を次々と駆け巡ります。
このままじゃヤバイし。
何とかしなきゃし。
焦った“はっちゃん”が取った行動は。


「キュウン〜♪キュウキュウ♪」
言葉でのコミュニケーションを封印しチビの鳴き真似をする事でしたが、声はすでに大人の野太さなので却って気持ち悪さを助長するだけでした。
「お前…それで自分は大きくないから捨てられないと思ってんのか？馬鹿だな…」
打算的な行動を取ろうとする浅ましさこそが、飼い主さんの忌み嫌うたぬきの大人の部分でした。
飼い主さんの心はどんどん離れていき、猶予期間中であろうとかわいがってもらうことは難しくなっていきました。


「あの…しっぽ…キュ…」
あんなにブラッシングを丁寧にしてくれていたのに。
飼い主さんからブラシを放り投げられ、“はっちゃん”は思わず両手で頭を守り、小さく丸まりました。
「…ひっ…し… ！」
ブラシは当たりませんでしたが、しばらくそのまま動けずに震えていました。
その後、ぽろぽろと涙を流しながら自分でしっぽの毛を梳かします。
もうすでに、誰にも触ってもらえないしっぽの毛は、なんだか抜けやすくなっていました。



お風呂も別々です。
レバーを倒すだけなので、たぬきの手でもなんとかシャワーを出すことは出来ましたが温度の設定は自分で出来ないため、
熱すぎたり冷たすぎたりしてジタバタする日が続きました。
ちょうどいい温度をお願いしますし…なんて、口が裂けても言えません。
髪の毛やしっぽも自分で拭く必要がありましたが、今までずっとやってもらうばかりだったので上手くできず、風邪をひかないよう気をつけなければなりません。
「クチュン…クチュン！」
「汚ねえなぁ。お前、そのタオルで床のツバ拭けよ」
お風呂の後のジュースもアイスもなく、ナデナデとモチモチも、あるはずもなく。
アヒルさんのおもちゃはずっと冷凍庫で氷漬けのまま、もう随分と出してもらえていません。
大好きだったお風呂は、だんだんとイヤになってしまっていましたが、汚いと余計に飼い主さんの機嫌を損ねると思って“はっちゃん”はストレスをためながらお風呂に入っていたのでした。
またもや、たくさんの毛が抜け落ちていました。


一緒に寝るのも、あの宣告の日以来なくなってしまいました。
”はっちゃん”は、寝る時は“飼い子たぬき勲章”が絶対落ちないよう、ベアルフくんを密着させて横になって寝ました。
仰向けになって寝ていると、なんだか無防備で不安になってしまうからでした。
抑え込んでいないと、すぐにでも取れてしまって、その瞬間に捨てられちゃうのではーーーそう思うと毎晩眠る前には涙が浮かび、
「やだし…捨てられたくないしぃ…」
と、飼い主さんの聞いていないところでは大人の言葉を発していました。
そうして毎朝、起き上がった時にはまだ“飼い子たぬき勲章”が無事である事を確認し、
「…よかったし」
と、ほっと胸を撫で下ろすのが習慣になってしまっていました。
 

「キュウキュウ…キュキュ…」
嫌われながらも往生際悪く幼児退行したフリを続けようとするので、
「おまえ寝言でこんな事言ってんだけど」
飼い主さんは夜中に録っておいた寝言つきの動画を流してあげる事にしました。
“むにゃむにゃし…さいきんお腹出てきたし…飼い主さんにはないしょだし…”
“飼い主さんいない所でおならしちゃうし…ぷぅ…し…”
「ギュッ！？」
完全に自分の声、姿でしたので誤魔化しようがありません。
「やっやめてし…！恥ずかしいしぃぃ…！」
チビのフリを続行できず、ジタバタしながら懇願しますが、その映像は何度も何度も何度も繰り返されました。


「こうなったら、食べずにやせるし…」
たぬフードやお菓子の山を前にして、ぷいっと顔を背け。
一生懸命に我慢し続けました。
食べなかった分は、次もそれを出されるのでだんだんとカピカピになったりボロボロに崩れ始めています。
もったいないし…と思いながらも拒食を続けた結果、“はっちゃん”は。
頬がこけて、余計にかわいくなくなっていました。
「おなか…すいたし…」
うどんダンスを踊る気力も体力もないので、日々を体育座りで過ごすようになりました。
飼い主さんは完全に興味が失せてしまい、もう随分と抱っこもモチモチもしてくれていません。
「エサ、食わないのか。お前の勝手だけど」
「し……」
“はっちゃん”は弱々しく頷きます。
久々に話しかけてくれたのは、心配してくれたのかと思って“はっちゃん”は少し嬉しくなってしまいました。
「最後の晩餐だったのに」
その言葉を合図にするように。
ぶちり。
限界を迎えた“飼い子たぬき勲章”は、ついに“はっちゃん”の胸から離れていってしまいました。

ぜったい落ちないように、大事にしてきたのに。
飼い子たぬき勲章はそんな“はっちゃん”の必死の思いなど知らぬよう床に落ちて、かちゃん、と虚しい音を立てました。
もうかなり長い間拭いてくれていませんでしたので輝きは失われ、ボンヤリとくすんでいます。
「あっあっあっし…！だめだし…！だめだし…！」
慌てて付け直そうと拾いますが、どれだけ強くグリグリと押し付けても勲章はくっついてくれません。
タイムリミットが、やってきてしまったようです。
「やっ、やだし！やめてし！だめだし！捨てないでし！」
飼い主さんの足にすがりつき、涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔で見上げた先には。
いつも向けてくれていた笑顔はありませんでした。
「お前はもう、ね…」
飼い主さんは拳を握り、右手の親指だけを立てて自分の首に向けると。
左から右へ一直線に引く仕草をしました。
「かわいくないから、いらない」


飼い主さんだって、全てのたぬきを嫌っているわけではありません。
チビたぬきは愛らしくて、モチモチプニプニしていて、場所も取らなくて。軽くて。
多少のワガママは、かわいいさが勝てば許容できる刺激のようなものです。
自分にとっては理想の生き物でした。
チビたぬきもまた、自分の庇護なしでは生きていけないので、懸命に甘えてきてくれます。
自分独りの生活の穴を埋めてくれる、欠かせないパートナーなのです。
このたぬきだって、大きくなってかわいさの面影は薄れつつありますが、
曲がりなりにもかわいがってきた日々のことを思い出すと、手にかける事は気が咎めました。
あのまま時が止まっていれば、自分もこの憐れな“たぬき”もお互いに悲しむ事はなかったのに。
と、いった想いはひと言たりとも表に出さず、飼い主さんは一方的に“たぬき”との関係を解消する事を決めていて、それを実行するのには躊躇いはありませんでした。
大きくなるのが止められないなら、ある程度まで育ったらどんどんションボリさせてさっさと追い出すに限る、と考えていました。


別れのために、用意したのは。
リモートワーク時に使っていた、たぬき用睡眠スプレーでした。
かわいがられていた幼少時ならいざ知らず、
今のションボリしきった状態で嗅がされれば丸一日起きない代物と化します。
暴れて抵抗を始める前に、悄然とこちらを見上げて固まっているたぬきに吸わせると、
大いに纏ったションボリとスプレーの成分が結合し、悲鳴もあげられぬまま、眠りに入ってしまいました。

飼い主の人間は寝入ったままのたぬきを、普段連れてこない地区まで運びます。
未明とも呼ばれる、まだ誰とも会わないような時間帯でした。

ペットショップ時代から所持していた、家族の匂いが染みついたお気に入りのブランケットも。
寝る時やお出かけの時いつも一緒だった、クマのベアルフくんも。
おやつや勲章を仕舞っていたポーチも。
今までたくさん遊んできた、おもちゃ達も。
何もかもと引き離されて、たぬきは身一つで放り出されてしまいました。
これらは別口で処分されたり、あるいは新しいチビのために使い回されます。


「じゃあな、たぬき」
“はっちゃん”という名前すらも呼ばれず、たぬきは捨てられてしまいました。
そして、目が覚めた時には、全てが終わってしまった後でした。



「あ…ああ゛あ…じ…捨でられ゛…ぢゃっだじ…ゔゔゔじ…」
“捨てられたぬき”となってしまった“元はっちゃん”はお尻を天に向けて、しっぽは垂らし、両手で顔を覆って泣き続けました。
まるで、こんな世界は映したくないかのように。
もうどれだけ時間が経ったのかなど、わかりようもありません。
ただ、お腹だけはどんなに悲しくても空いています。

もしかしたら、迎えにきてくれるかもし。
以前、一緒にテレビで見た“ドッキリ大成功！”の札を持って飼い主さんが来てくれる可能性だって、無くもないし。
ーーー来ないし。
「…っぐし…ひぃぃっぐ、じ…」
ありえない希望にすがりながら、“捨てられたぬき”はひきつけを起こしていました。
その時です。
がさ、と近くの茂みが音を立てました。その音を捉えた耳がピン！と立ちます。
“捨てられたぬき”は顔を上げると、注意深く茂みへと視線を注ぎました。


現れたのは、野良たぬきでした。
いかにもションボリした顔で、トボトボと近づいてきます。
「な…何の用だし…」
わなわなと震えながら、なんとかそれだけの言葉を絞り出しました。
ーーーまさかひどい事、しにきたし…！？やめてし…！
あの日以来、野良はいじめられて当然と思っていましたが、今では自分も野良たぬきです。
“捨てられたぬき”の想像力は、嫌な方向に発揮されてしまいました。
綺麗な服着てるから取られちゃうんだし。
それともかわいいのにいじめられちゃうし。
「ひぃ…し…！」
顔を伏せ、頭を両手で守りました。
何も起こりませんでした。



「あの時、教えてあげようとしたんだけど…何も伝えられなくて、ごめんし…」
野良が発したのは謝罪の言葉でしたが、何を謝られているのか全く見当もつきません。
“捨てられたぬき”はおそるおそる顔を上げると、野良たぬきはモチッとした右手を差し出していました。
「わたしもおまえと同じだし…」
今までバカにしていた野良たぬきの、思いもよらない言葉に“捨てられたぬき”は反射的にムッとします。
差し出された手をモチッと払いのけ、“捨てられたぬき”は抗議しました。
「“はっちゃん”は違うし…！」
「なるほど…おまえは8番目かし…」
野良たぬきは勝手に納得するようにひとりごちました。
「どうしてそんな事言うし？」
8番目と断ずる根拠がわからず、問いかけます。
「8番目だから“はっちゃん”なんだろし…ほら、わたしにも…」
そう言って野良たぬきは髪をかき分けて前に流し、背中を見せます。
薄汚れた服には“6”と書かれていました。
あの時飼い主に蹴飛ばされ、一緒に嘲笑った野良たぬきだとようやく気がつきました。
「りくちゃんて呼ばれてたし…でもその名前は捨てたし…」
まさか。まさか。まさか。
そんなわけないし。
自分で自分の背中は見れませんが、気になってついつい後ろに顔を向け続けていると。
「そうだし…おまえの背中には“8”って書いてあるし…」
思わず立てた耳を塞ぎたくなるような、残酷な事実が“捨てられたぬき”の心を貫きました。

「おまえも、今日からその名前は捨てて生きるし…しがみついてたって、何もいい事はないし…」
そのボロボロ具合から“元りくちゃん”は、野良に落とされて随分時間が経っているようでした。
そういえば初めて出会った時、自分はもっと小さかったように思います。
つまりこの野良たぬきは、野良生活が長く、どうあってもあの場所には戻れないんだという現実を突きつけられてしまったのでした。

あのやさしく、あたたかな生活。
まるでふんわりとしたブランケットに包まれていたような至福の日々を思い出しながらも、
これからの野良生活を思うと気が重くてたまりませんでした。

突然、ダヌゥゥゥと、お腹のたぬきが鳴りました。
赤面する“捨てられたぬき”に、野良たぬきは少しニッコリして服のポッケから何かを取り出しました。
「ほら…これ食べるし…お腹空いてるだろし…」
差し出された何かを期待のこもった目で見つめましたが、
大好きなお菓子ではなかったのでガッカリしました。
「これなんだし…？」
「バッタだし…この辺ではよく捕れるし…貴重な食べ物だし…」
「バッタ…？」
「虫だし…見たことないし？」
「あるし…追いかけて遊んだし…でも…」
今となっては苦い記憶を思い出しながら、“捨てられたぬき”は涙声で訴えました。
「虫なんか食べないしぃ！」
「食べないと死んじゃうし…」
ジタバタしだした“捨てられたぬき”に、野良たぬきはなだめるような言い方で接します。


「まあ、いいし…気が変わったら食べるし」
野良たぬきは言いながら、バッタをポッケに仕舞い直しました。
“捨てられたぬき”は怖くなって、おそるおそる尋ねました。
「変わらなかったらどうなるし…？」
野良たぬきは目を伏せて、気まずそうに答えました。
「こないだ来たやつは…結局何も食べずに死んじゃったし…」


「背中には…“7”って、書いてあったし…」
自分のひとつ前の子だし。
ワガママを貫き通した末路を聞かされて、“捨てられたぬき”はぞっとしました。
観念したように、顔を下に向けたまま涙を流すと。
雨粒のように、ぽた、ぽた、と地面にこぼれ落ちていきます。
「死にたいし…」
「し…？どしたし…」


“捨てられたぬき”は、ぐしゃぐしゃの顔を上げて主張しました。
「もう、生きてる意味なんかないし…！」
「意味は…これから作るんだし…」
野良たぬきは首を振り、諭すように話し始めました。
「あの人間の言う通りに、大人になって自力で生きるのをやめたらほんとに意味なくなっちゃうし…」
大人になって捨てられてから、独りで生きてきたであろう、野良たぬきの声は強さこそありませんでしたが、何だか滲み入るものがありました。
捨てられたぬきは、黙って聞いていました。


「あの人間に頼らずとも立派に生きていく事がふくしゅうで、これからのたぬ生なんだし…」
間違っても暴力に訴えても勝てないのは、あのボコボコにされっぷりを見れば明らかです。
ならば強く生きていく事が、この地獄のような境遇に対してたぬき達が出来る唯一の抵抗だと野良たぬきは訴えかけました。
“捨てられたぬき”も、死にたいといっても本気で実行できる気はしていませんでした。
ただ、こういった物言いをすれば野良たぬきが引き止めてくれると薄々感じていたので、言ってみただけでした。


「…わかったし…もう少し生きてみるし…」
「それがいいし…バッタが無理なら、どんぐりとか探すし…」
この野良たぬきは、やさしい。
“捨てられたぬき”の直感通り、野良たぬきは気遣って提案をしてくれました。
「なにか欲しいものはあるし…？野良だから大したものは用意できないけどし…」


「な、な、名前が…ほしいし…」
”捨てられたぬき”は、喉も渇いていましたしお腹も空いていましたけれど、何よりも先に欲しいものがありました。


「名前なかったら、なんて呼べばいいし…？わたしはなんて名前になるし…？」


本来は名前による個体の区別を必要としないのであまり知られていない事ですが、
たぬきは一度名前をもらったら勲章と同じぐらい固執する習性がありました。
“はっちゃん“時代のことを忘れるためにも、別の名前が欲しくてたまりません。
野良たぬきも、何か察してくれたのか少し考え込むよう俯いて顎に手を当ててモチモチして、顔を上げて答えました。
「“先輩”と呼んでし…お前のことは、“後輩”って呼ぶし」


「“せんぱい”…“こうはい”…し？」
“先輩たぬき”は、少しニコッと口元を緩めて頷きました。
「2人がいなければ成立しない名前だし…ちょっと憧れてたんだし…ししし…」
前のやつは心を開かないまま、飢え死にしちゃったから。
と、いう言葉は飲み込んで。
 “先輩たぬき”は、朗らかに笑いました。

「しっしし…」
少し無理やりでしたが、“後輩たぬき”も笑いました。
笑っていれば、本当に楽しい気がしてくるからです。
例えどんなに、笑っていられない境遇であっても。
こうして、“先輩たぬき”と“後輩たぬき”は何があっても一緒に生き抜く事を誓い合ったのでした。



近くにはたぬき達が集うスラムがありましたが、元々は飼いたぬきという境遇から馴染めないだろうと、2人は独自に野良生活を続けていました。
お互いが安心して眠れるよう交代で番をしたり、大雨で他の生き物があまり行動しないような時には、身を寄せ合って一緒に眠りました。
肌のモチモチ感は失われつつありましたが、いつでもモチモチしあえる相手がいるというのは、お互いにとって非常に心強い状況でした。


「がさがさし…ごそごそし…」
他のたぬきと鉢合わせしないよう注意を払いながら、公園でしゃがみこんで、どんぐりを拾ったり虫を捕まえたりしていました。


”後輩たぬき”は少し逞しくなっていて、最初は嫌悪感を示していた虫などの生き物を食べることも、生きる上では必要とわからされた結果、
「“せんぱい”…トカゲだし…！ごちそうだし…」
「“後輩”、でかしたし…！」
なんて言いながら、2人で仲良く食糧探しに精を出していました。
慣れてしまえば、そして“先輩たぬき”と一緒なら案外と美味しく食べられるのでした。
満足に食べられる日はあまりなく、常にお腹はすいていましたが、
ある意味では、ひとりぼっちだった頃より胸はいっぱいになっていたかもしれませんでした。


ある朝、森の中でチビたぬきがこちらを見つけて、両手を振り回しながらヨチヨチとこちらに歩いてくるのが見えました。
1人だけでリポップしたらしく、寂しげにｷｭｳと鳴いた後、
こちらのお腹にすりすりとほっぺたを寄せてくる求愛行動に、“後輩たぬき”は思わずうっとりしました。
このチビ、かわいいし。
そろそろ、仲間を増やしてもいい頃だし。
と思っていると。
「ｷﾞｭ！？ｸﾞｴｯｷﾞｭｳ…ｳｳ…！」
思わぬ悲鳴が聞こえてきて、“後輩たぬき”は慌てて尋ねました。
「な、何してるし…？」
“先輩たぬき”が、近寄ってきたチビを持ち上げていました。
その手は、チビの首にかかっています。


「おまえを見て思ってたし…これ以上、あんな思いをするたぬきを出しちゃダメなんだし…」
「ｷﾞｭｳ…ｸﾞｴ…ｱｶﾞｶﾞ…」
チビの首を絞めて、そのまま窒息させます。
チビは“先輩たぬき”の手を掴もうともがきますが、チビの握力ではモチモチとした手を押し付けるだけでした。
やがてジタバタと振り回していた足が、ぴん！と伸びていた尻尾と共に力なく垂れ下がります。
「これは、わたし達みたいなかわいそうなたぬきを生み出さないためなんだし…」
石を使って地面を掘り始め、チビを埋めてやると“先輩たぬき”は両手を合わせて供養しました。
「これでこのチビは“救われた”し…あの人間の元に行かなくて済んだし…」
“後輩たぬき”は一連の流れに特に口を挟む事なく、ずっと眺めていました。


元飼い主はペットショップで自分を買って来ていたので、どれだけ外でチビを殺そうとペットショップに行けばチビは手に入ります。
この“先輩たぬき”の言っている事はよくわかりません。
“後輩たぬき”はちょっとおかしいなと思いましたが、1人でやるより2人の方がいいだろうという事で、参加を表明しました。
「“せんぱい”…“こうはい”も手伝うし！」
「お願いするし…」
”先輩たぬき”は健気な後輩の様子に、いつも通りに少し口元を緩めてニコッとして答えました。


「“こうはい”はこっち行くし…！」
「じゃ、また後でし…なんかあったら呼んでし…」
「“せんぱい”、わかったし…」
エサ探しの合間に、二手に分かれてチビを“救う”事が日常に追加されました。
不測の事態に対応するため、叫べばわかる程度の距離をとりつつ、効率的に“救う”ためにやや離れて行動します。
なので、お互いにどれだけの数をどんな方法で“救って”いるのかは知りませんでした。


探すつもりで行動していると、意外とチビはたくさん見つかります。
親とはぐれたらしく、不安そうな顔でほっぺをセルフモチモチしながらきょろきょろしているチビを見つけると、
“後輩たぬき”はその後頭部を石を使って殴りつけました。
痛みに呻いて泣き叫ぼうとする前に、石の尖った部分を向けて何度か殴りつけてやれば動かなくなります。
こうした方が早いのに、どうしてせんぱいはやらなかったんだろし？


「気持ちがいいし！ししし！」
“後輩たぬき”は未だに、豪勢な食事や温かなお風呂のない生活には耐えられませんが、
見知らぬチビを始末していくのに抵抗はありませんでした。
弱いものをいじめるのは、スカッとしたからです。
昔、“先輩たぬき”が踏みつけられていた時に感じた気持ちが、再び湧いてきていました。
この事は、気持ちも行動も含めて“先輩たぬき”にはずっと秘密のままでした。


ある日、チビを探してうろついていると。
1人のチビが、大きな枯れ木の根元で隠されるようにして寝ていました。
枯葉で作ったベッドの中ですやすやと寝息を立てています。
親はエサを探しに行ったのか、しばらく待っても現れませんでした。
ちょうどいいし。このまま、えいえんに眠らせてやるし。
近くに大人のたぬきが両手で持てるちょうどいい大きさの棒があり、1発目は目を狙って振り下ろしました。
動けなくするには、視界を奪う事だと“後輩たぬき”は考えたからです。
「ﾀﾞﾇ！？ｷｭｳｳ！ｷﾞｭｳｳｳｳ！」
「うるさいし…だまれし…親が戻って来るし…！」
たぬき同士は幼体でも言葉はわかるので、親を呼ぼうとしているのはすぐにわかりました。
”助けてし！まま、助けてし！いじめられるし！何も見えないし！”
手間取って悲鳴が続けば、親でなくとも“先輩たぬき”がやって来てしまいます。
“先輩たぬき”とはまるで違うやり方なので、先輩の性格を考えれば咎められそうな気がしました。
瞼を腫らし、泣き喚くチビを棒で何度か叩いたら黙ってしまいました。
チビの肉は柔らかいので、“後輩たぬき”の力でも十分に潰せます。
その後、首から下だけがピクピク動くのがおもしろくって、“後輩たぬき”はすでに事切れたチビに何度も棒を振り下ろしました。
何度も何度も何度も何度も。
あまりに叩きすぎるので、ミンチ状にひき潰されたチビの頭は辺りに飛び散っていました。
赤く染まり、何らかの肉片がこびりついた棒を、残された死骸の横に放り捨てると。
頬の返り血を舐め取り、“後輩たぬき”は満足げに鼻息を鳴らしました。


「ケガしてるし…！？」
合流した“先輩たぬき”は、“後輩たぬき”を見て開口一番、驚きの言葉を発しました。
殺したチビの返り血を、“後輩たぬき”自身のものだと勘違いしてしまったようでした。
「ああ…？し。たいした事ないし…ちょっと抵抗してきたんだし…」
「そうかし…」
“先輩たぬき”は後輩の体調を心配して、頬をモチモチしてきます。
「おまえがいないと、わたしはもう不安だし…」
「………し」
別にわたしはそんな事ないけどし。と強がりながら、必要とされるのは悪い気はしないのでモチモチ仕返してやりました。



ある日、“先輩たぬき”と“後輩たぬき”がトボトボと歩いていると。
2人は道の向こうからこちらに向かって歩いて来る、あの忌まわしい元飼い主の姿を目撃してしまいました。
“後輩たぬき”達は根無し草の生活を続けるうちに、無自覚ながらも少しずつ元々飼われていた家の近くまでやってきていたのでした。
そういえば、“先輩たぬき”とは家から少し離れた大きな公園に行く時に出会っています。


「かわいいねぇ！今日もかわいさが止まらないねぇ！」
「ｷｭｳｳｳﾝ♪もっとほめてし♪ｷｭｷｭ！」
見知らぬチビたぬきを抱っこして、楽しそうに話しかけながら歩いて来るのを見て、
「あれ…なんでし…！？」
“先輩たぬき”は、信じられないものを見たといった様子でした。
この辺のチビは全部“救って”いるはずなのに。


野良のたぬき玉から選ばれて飼われていた“先輩たぬき”は、知らなかったのです。
それまでは偶然ポップしたチビから始まり野良やショップで買ってきたのが入り混じっていましたが、
自分の後の“7番目”のたぬきがあまりにワガママに育ったため、
元飼い主が“8番目”からは躾けられたチビをペットショップで買う事に決めていた事を。


なのでいくら野良のチビを殺していても元飼い主は何処かからチビを連れてくるので、何の救いにもならない事を“後輩たぬき”は知っていましたが、野良生活のストレス解消をわざわざ無くす事もないと思い黙っていたのでした。
“先輩たぬき”は元々野良由来のたぬきでしたので、生き抜くたくましさは備えていても、教養がまるで足りていませんでした。


談笑しながら歩いてきた元飼い主はこちらを見て固まったままのたぬき達に気がついたらしく、
「“6号”じゃん」
と声をかけます。たぬき達の事はどうでも良さそうで、今は機嫌は悪くないようでした。
“先輩たぬき”は、散々踏みつけられた精神的外傷が蘇ったのか、
あうあうし…と呻くばかりで何も喋れていません。
「“8号”も一緒か」
視線をこちらに向けられ、“後輩たぬき”も硬直してしまいました。
やっぱり、もう。
“はっちゃん”とは呼んでくれないんだし。
わかりきっていた事実を改めて思い知らされて、“後輩たぬき”はションボリを深めました。　


「“きゅーちゃん”知らないし？」
再会する1人と2匹の間に入ろうとしてきた、元飼い主の腕の中のチビはまだ小さく、やっと喋り始めたといった感じで舌っ足らずな話し方でした。
思えばあれぐらいの頃が1番可愛がられてたし。
元飼い主はやさしい手つきでチビの髪の毛を撫で、そのまま頬を人差し指と中指の先でむにむにと押してやりました。
“きゅーちゃん”はそこに自分からほっぺたを押し付け、幸せそうに鳴き声をあげます。
「ｷｭｳｳ〜♪モチモチだし…♪」
こちらの事は見下す事もなく、単になんとも思っていないようでした。
「うんうん。“きゅーちゃん”は知らなくていいからね。今は」
「わかたし！しし！」
あいつ絶対“9号”だし。互いに顔を見合わせて、2人のたぬきは察しました。
この状態では何を言っても伝わらないのは“8号”の時に経験済みなので、2人は黙っている事にしました。


もう一度飼ってと懇願したり、“きゅーちゃん”に敵意を向けたりもしないたぬき達の様子をおもしろくなさそうに、元飼い主は手を出さずに警告してきます。
「おーお前ら。ぶっ殺されたくなかったらもう出てくるんじゃねぇぞ。臭いし汚いから」
「ぶっころし！ししし！くさいしきたないしー！」
「あっ、“きゅーちゃん”汚い言葉使っちゃだめだよ」
「し………？わかたし！“ろくごう”と“はちごう”、ばいばいしー！」
豹変した元飼い主の態度よりも、身を乗り出してこちらに手を振ってくる無邪気な“きゅーちゃん”のこれからを気の毒に思う気持ちと、もう戻れないあの頃を思い出して悲しくなる気持ちでいっぱいのまま、2人は去っていく元飼い主と“9号”を見送っていました。
ごつん！
しかし間も置かずに突然、何者かによって殴り倒され、佇んでいた2人のたぬきは意識を失ってしまいました。


気がつくと、公園のどこかでした。土の匂いがします。
「あれ…動けないし…？」
「目が覚めたかし…後輩…」
“後輩たぬき”は身を起こそうとして、後ろ手に縛られ、足もきつくぐるぐる巻きにされて全く動けませんでした。
「ようやく気がついたかし…」
「うごくな…」
「おまえらだし…この辺でチビを殺して回ってるたぬきは…」
確認ではなく、断定でした。
“先輩たぬき”と“後輩たぬき”は、生活の中でチビ達を“救う“事を繰り返すうちに、
“チビ殺しのたぬき”として、近隣のたぬき達に目をつけられてしまっていました。
「わたしのチビもやられたし…」
「うちもだし…ようやくままって呼んでもらえたところだったし…」
「まだまだこれから、いっぱい可愛がってあげるつもりだったし…」
被害たぬがぞろぞろと現れ、口々に恨みを述べました。
「おまえら、何のためにあんな事したし…」
「頭どうかしてるし…」
「ぜったいに、許せないし…！」
段々とヒートアップしていく野良たぬき達と対照的に、“先輩たぬき”と“後輩たぬき”は首をふるふると横に振るだけでした。
まるで今は自分達が被害たぬだと言わんばかりのその態度に、1匹のたぬきが激昂しました。
それをきっかけに、群れが怒りを爆発させます。
「チビ達と同じ目に遭わせてやるしぃぃいいい！」
「死刑だし！！」
「チビの首から上をぐちゃぐちゃに潰して遊んでたのはお前らだろし！」
野良たぬきが突きつけてきた、赤黒く染まった棒には、血や肉片がこびりついていました。
“先輩たぬき”は、自分たちのエゴでチビを死なせてしまう事に罪悪感があったので、ひと思いにくびり殺していました。
だからそんな恐ろしいことに覚えはないので、必死に弁明しようと泣き叫びます。
「たぬき達はそんな酷いこと、やってないしぃ！」
やってました。
犯たぬである“後輩たぬき”は、バツの悪そうな顔を背けて、“先輩たぬき”には見せないようにしました。


やっと喋れたっていうチビは、松ぼっくりを口を詰め込んで喋れなくしてから石でぽこぽこ叩いて動かなくしたし。
いっぱい居たチビ達は、面倒だから1人を川に突き落として助けようと川を覗き込んでるうちに全部川に落としてやったし。
そういえば、チビのしっぽをちぎるのに夢中になってた時、姉妹のうち片方に逃げられた時があったし。お尻から血を流して、もどきみたいに四つん這いで逃げていったし。どうせ助からないと思って放っておいたし。
残った方はしっぽを口に詰め込んでからきっちり殺したけどし。
全部見られてたし…？
“後輩たぬき”は記憶を掘り返し、思えば色んなやり方でたくさんやったもんだし…と場違いな回想に浸っていました。


いつも、“後輩たぬき”がチビを楽にしてあげていた時は別々に行動していて、どんな風に“救って“いたかは知りませんでしたが、
自分達がチビ達を死なせた事自体は否定できなかったので、“先輩たぬき”は我が身の行く末を悟りました。


「先輩の…責任だし… 」
不自由な体勢で震えながら、涙声でつぶやき始めます。
本当にそう思っているかは他ぬきにはわかりませんが、少なくとも言葉上は責任の重さと覚悟を口にしました。
「ぜんぶ、わたしが始めた事だし…この後輩はわたしに言われてやったんだし…やり方を、ちゃんと教えてなかったわたしが悪いんだし…どうか、このたぬきだけは見逃してほしいし…どうか…どうかし…」
耳をぺたんと下ろし、頭を垂れ、ションボリとその身を差し出します。
他ぬきに対する服従の証でした。


“後輩たぬき”は涙しました。
ごめんし。“せんぱい”ごめんし。
これからは心を入れ替えて、チビを殺さずにちゃんと育てるし。
“せんぱい”の分まで生き抜くし。
だから安らかに眠ってほしいし…！
と、何故か自分だけが助かった後のシナリオを脳内で鮮やかに描いていると。
モチ、モチ、モチ…とたぬき特有の拍手が響き渡りました。
　
「なるほど…素晴らしい友情だし…」
「どうやら根っからの悪たぬというわけでも無さそうだし…」
必死の思いが通じたらしく、光明を見出した“後輩たぬき”はやや被せ気味に続きました。
「そっ、そうなんだし！“こうはい”は、いいたぬきなんだし！」
「でも殺すけどなし」
「し…！？」


どうしてそうなっちゃうし！？
おかしいし！
と“後輩たぬき”が抗議の声を上げようと口を開いた瞬間、
「なにがいいたぬきだしぃいいいい！」
「おまえらはチビを殺したんだろしぃぃいいいい！」
「自分達だけ助かると思うなしぃーーー！」
狂気すら感じる、被害たぬ達の大きすぎる声に推し被され、何かを言おうとする気持ちは削ぎ落とされてしまいました。
話は通じない、もう。
お互いに話の線が致命的にズレてしまっていると、2人のたぬきは気がついてしまいました。


「や……やだしぃぃいーーーー！」
叫びは無視され、どこへ向かうのかも告げられぬまま、しっぽをつかまれ引きずられていきます。
大義をもってチビたぬきを殺していた、“先輩たぬき”も。
ただの遊び心でチビたぬきを殺していた、“後輩たぬき”も。
被害たぬ達にとってはどちらも等しく、“チビ殺したぬき”でしかありませんでした。


飼い主を恨まず、時折成長して捨てられる同じ境遇の“仲間”を迎え入れ、一緒に生きていく道もあった事を考えられなかったのが、このたぬき達の失策でした。
後悔したって時は戻りません。
あのやさしい日々に戻れないのと同じように、時は前へ進むしかないのです。
今現在、たぬき達はしっぽを掴まれて後ろ向きで前に進んでいましたが。


やだし、やだし。だめだし。こんなのやだし。
大きくなったからこんな風になっちゃったし？
だったらずっと、チビのままでいたかったし。
大人になんて、なりたくなかったし…！


捨てられた頃の悲しい気持ちを思い出しながら
自分がしでかしたことの責任と向き合わないままの“元はっちゃん”は。
ある意味ではずっと大人になれていませんでした。


一緒に引きずられている“先輩たぬき”はというと、
「ごめんし…後輩…ごめんし…でもいっしょだし…次のリポップ先でも…し…」
訥々と呟く内容は諦めきっており、まるで役に立つ様子はありません。


ふと、自分達がどこへ向かうのか気になって何とか後ろをーーー引きずられているので方向的には前をーーーを向いて見やると。
自分達を無理やり引きずる被害たぬ達の背中しか見えません。けれど、そのパサついた髪の毛の間から薄汚れた服の上に、バッテンを上書きされたり消えかかっていましたが、“4”や“5”が見えた気がしました。


連れて行かれた先は、近所のスラムだったようです。細長いトンネルのような空間を抜けた先には、様々なガラクタや更にたくさんのたぬき達に囲まれていました。
大きいたぬきも小さいたぬきも皆、憎悪のこもった表情でした。
「こいつらかし…」
「チビにもやらせるし…ほらチビ、おねえちゃんとおまえのしっぽの仇だし…」
「し…！ゆるさないし…ｷﾞｭｷﾞｭｳ！」
スラムの奥が騒がしくなり、“後輩たぬき”の命乞いなど、誰も聞いていません。
「ゆ、ゆるしてしぃ！もうしないしぃぃ！」
「ごめんし…ごめんし…」


「だいじょぶだし…もう、やれなくしてやるし…」


スラムの入り口から、ゴッ！ゴッ！と何かを打ちつける音が何度か響いた後。
やがて静寂が訪れ、何も聞こえなくなりました。
　　


オワリ
